c)焼入れ、焼戻し及び時効

 
3101
(3.116)
焼入れ
quenching
 鉄鋼製品を静止空気中よりもより迅速に冷却することからなる操作。
備考冷却条件を規定する用語の使用が推奨される。例えば、衝風冷却、水焼入れ、階段焼入れなど。
3102
(3.114)
焼入硬化
quench hardening
 オーステナイト化後、マルテンサイト又はベイナイトに変態するような条件下での冷却によって得られる鉄鋼製品の硬化。
3103 水焼入れ
water hardening , water quenching
 冷却に水を用いて行う焼入れ。
3104 油焼入れ
oil hardening , oil quenching
 冷却に油を用いて行う焼入れ。
3105 熱浴焼入れ
hot bath quenching
 冷却に適切な温度に保った熱浴(溶融金属、溶融塩、油など)を用い、この熱浴で急冷し適切な時間保持した後、引き上げて空冷する焼入れ。
3106 塩浴焼入れ
salt bath quenching
 溶融塩を用いる熱浴焼入れ。
3107 電解焼入れ
electrolytic hardening
 電解液中で陰極とした処理物と陽極との間で通電して処理物を加熱し、電解液によって急冷する焼入れ。
3108 真空焼入れ
vacuum hardening
 真空中で加熱し、ガス、油又は水などによって急冷する焼入れ。
3109 空気焼入れ
air hardening
 空気中又は適切なガス雰囲気中で冷却する焼入れ。
備考自硬性をもつ鋼を焼入れする場合に行う。
3110 噴射焼入れ
spray hardening
 冷却剤を噴射して行う焼入れ。
3111 噴霧焼入れ
fog hardening
 霧状の冷却液中で行う焼入れ。
3112
(3.89)
中断焼入れ
interrupted quenching
 媒体中で急冷し、鉄鋼製品が焼入媒体との熱的平衡に達する前に中断する焼入れ。
備考1.その目的は、焼入れの際のひずみの発生や焼割れを防ぎ、かつ、焼入れ後の性質を適切に調整することにある。
2.この用語は、段階焼入れを表すのに用いない方がよい。
3113
(3.136)
階段焼入れ
step quenching
 適切な温度において媒体中で灼熱することによって一時的に冷却が中断される焼入れ。
備考この用語は、中断焼入れを表すのに用いない方がよい。
3114 時間焼入れ
time quenching
 冷却剤中で急冷して適切な時間保持した後、引き上げる方法による中断焼入れ。
3115 プレスクエンチ
press quenching
 プレスした状態で行う焼入れ。
備考焼入変形を極度に嫌う機械部品に応用され、ダイクエンチ(die quenching)ともいう。
3116 部分焼入れ
selective hardening
 部品の各部に所要の性質を与えるために、局部的に行う焼入れ。
3117 ベイナイト焼入れ
beinitic hardening
 ベイナイト組織を得るような焼入れ。
3118 スラッククエンチ
slack quenching
 オーステナイト化温度から臨界冷却速度よりやや遅い速度で冷却して行う焼入れ。
備考この場合、鋼は完全に硬化せず、マルテンサイトのほかに、又は、マルテンサイトに代わって、一種又はそれ以上の変態生成物を生じる。
3119 鍛造焼入れ
direct quenching from forging temperature
 オーステナイト状態で鍛造を施し、そのまま直ちに行う焼入れ。
備考鍛造を安定オーステナイト状態で行うものと、準安定オーステナイト状態で行うものと2種類がある。
3120
(3.97)
マルテンパ
martempering
 オーステナイト化後、階段焼入れを行う熱処理。この階段焼入れは、Ms点の真上の温度にフェライト、パーライト又はベイナイトの生成を避けるのに十分な速度で焼入れ後、均一な温度に、しかも、ベイナイトの生成を避ける上で十分に短い時間保持する熱処理。
備考1.その間にマルテンサイトが実際上全段面にわたって形成される。最終の冷却は、一般に空気中で行われる。
2.その目的は、焼入れによるひずみの発生や焼割れを防ぐとともに、適切な焼入組織を得ることである。
3.マルクエンチ(marquenching)ともいう。
3121
(3.140)
サブゼロ処理
sub-zero treating , deep freezing
 焼入れ後、残留オーステナイトをマルテンサイトに変態させるために行う熱処理で、常温よりも低い温度へ冷却し、その温度で灼熱する熱処理。
備考深冷処理ともいう。
3122
(3.5)
オーステンパ
austempering
 オーステナイト化後、フェライトやパーライトの形成を避けるように十分早くMs点より高い温度に冷却する階段焼入れを行い、オーステナイトのベイナイトへの変態が部分的又は完全に起こるように灼熱する熱処理。
備考1.室温への最終冷却は、特定の速度で行うわけではない。
2.その目的は、ひずみの発生及び焼割れを防止するとともに、強じん性を与えることである。
3123
(3.108)
パテンチング
patenting
 オーステナイト化後、引き続いて行われる線引き又は圧延に適した組織を得るために、適切な条件下で冷却する熱処理。
備考例えば、空気、鉛浴など、パテンチングの行われる媒体を規定することが望ましい。
3124 オイルテンパ処理
oil quenching (hardening) and tempering
 鋼線を連続的に真っすぐな状態で、油など冷媒で焼入れ後、焼戻しを行う処理。
3125
(3.144)
焼戻し
tampering
 一般に焼入硬化後、又は所要の性質を得るための熱処理後に、特定の温度(Ac1未満)で、1回以上の回数灼熱した後、適切な速度で冷却することからなる熱処理。
備考焼戻しは、一般に硬さの低下をもたらす。しかし、硬度上昇を起こす場合もある(二次硬化参照)。
3126 繰返し焼戻し
multiple tempering
 高合金鋼、高速度工具鋼などのように、1回の焼戻しで効果が十分上がらない場合に、焼戻しを2〜3回繰り返す操作。
3127 調質
thermal refining
 焼入れ後、比較的高い温度(400℃以上)に焼戻して、トルースタイト又はソルバイト組織にする操作。
3128
(4.2)
時効
ageing
 急冷、冷間加工などの後、時間の経過に伴い鋼の性質(例えば、硬さなど)が変化する現象。
備考時効硬化を目的として行う操作の定義で用いることもある。
参考ISOの定義では、常温又はその付近で起こるところの、侵入形元素の移動による鉄鋼製品の性質の変化をもたらす現象。
3129 焼入時効
quench ageing
 高温から急冷した鉄鋼を室温又はそれより少し高い温度に保持したときに起こる時効。
3130 ひずみ時効
strain ageing
 冷間加工した材料に起こる時効。
3131 過時効
overageing
 硬さ、強さなどの性質が最高になる温度と時間よりも高い温度又は長い時間で起こる時効。
3132
(3.129)
固溶化熱処理
solution treatment
 析出物を固溶体中に溶け込ませるための熱処理。
3133 過冷
supercooling
 変態や析出の一部又は全部を阻止して、変態点以下又は溶解度線以下の温度に冷却する操作。
3134 水じん(靱)
water toughening
 高マンガン鋼などを固溶化温度から水中急冷して完全なオーステナイト組織を得る操作。
3135
(4.47)
鋭敏化
sensitization
 粒界への炭化物の析出による、粒界腐食に対するステンレス鋼の感受性の増加。
備考粒界腐食に対する抵抗を研究するために、鋭敏化処理が用いられる(ISO 3651-2参照)。
鋭敏化熱処理
 オーステナイト系ステンレス鋼の粒界腐食試験を行うために、500〜800℃の温度範囲に加熱して、粒界腐食に鋭敏な組織状態にする熱処理。
3136 オースエージ
ausageing
 過冷オーステナイトをMs点以上の温度で時効する処理。
備考例えば、ある種の析出硬化系ステンレス鋼(SUS 631など)に対し、Ms点の調整などの目的で行う。
3137
(3.96)
マルエージ
marageing
 鋼に要求される機械的性質を与える目的で、非常に低い炭素含有量のため軟らかいマルテンサイトを生じる鋼に対して、固溶化熱処理に引き続いて行われる析出硬化処理。
3138
(3.14)
ブルーイング
blueing
 鉄鋼製品を、酸化媒体中で、その研磨した表面が青色の酸化物の薄い、連続的な、密着性の高い膜で覆われるような温度で処理する操作。
3201
(3.72)
焼入性
hardenability
 鋼がマルテンサイト又はベイナイトなどへ変態しやすいことによって焼入硬化が得やすいことを表す性質。
備考焼入性は、通常、ジョミニー曲線のような、焼入によって得られる効果と焼入表面からの距離との関係で特徴づけられる。焼入性試験方法については、JIS G 0561を用いると便利である。
3202 焼入性バンド
hardenability band
 同一の鋼種の化学成分及び結晶粒度のばらつきによる焼入性曲線のばらつきの範囲をバンドで表したもの。
備考Hバンド(H band)ともいう。Hバンドが定められた鋼をH鋼という。
3203 焼入性倍数
multiplying factor
 合金元素を添加したときの理想臨界直径と、添加しないときの理想臨界直径との比。
備考焼入性倍数は、一般に合金元素の添加量と共に増加する。
3204
(4.36)
質量効果
mass effect
 質量及び断面寸法の大小で、焼入硬化層深さの異なる度合い。
 質量及び断面寸法のわすかな変化で、焼入硬化層深さが大きく変化することを、質量効果が大きいという。
備考ISOの定義では、冷却挙動に及ぼす物の大きさの効果。
3205 自硬性
property of self hardening
 焼入温度から空気中で冷却する程度でも、容易にマルテンサイトを生じて硬化する性質。
3206
(3.117)
冷却能
cooling power , quenching capacity
 焼入れに用いる冷却剤の冷却能力。
備考急冷度(quench severity index)又はH値(severity of quenching)、で表すことがあるが、定義が確立していない指数である。
3207
(3.41)
臨界冷却関数
critical cooling function
 好ましくない組織の現れることを避けて、所定の変態を十分完了させるのに必要な最低の冷却条件に対応する冷却関数。
備考この用語は本来マルテンサイト、ベイナイトなど、対象の変態を示すことによって使用すべきだが、特にことわりがない場合、マルテンサイトに対して用いられる場合が多い。
3208
(3.42)
臨界冷却速度
critical cooling rate
 臨界冷却関数に対応するマルテンサイト変態を生じるのに必要な最小の冷却速度。
備考マルテンサイトが初めて生じる最小の冷却速度を下部臨界冷却速度(lower critical cooling rare)といい、マルテンサイトだけになる最小の冷却速度を上部臨界冷却速度(upper critical cooling rate)という。
3209
(4.14)
臨界直径
critical diameter
 与えられた条件下での焼入れによって、その中心部において50%マルテンサイト組織を持つ長さ3d(dは直径)以上の丸棒の直径。
備考通常、D0の記号を用いる。
3210 理想臨界直径
ideal critical diameter
 理想焼入れ(焼入剤の冷却能を無限大と仮定した場合の焼入れ)したときの臨界直径。
備考通常、Diの記号を用い、焼入性の比較基準とする。
3211 等温変態
isothermal transformation
 鉄鋼をオーステナイト状態から変態温度以下の任意の温度まで急冷し、その温度に保持した場合に生じる変態。
3212
(3.151)
等温変態曲線
isothermal transformation dagram , time temperature transformation diagram
 各温度におけるオーステナイトの等温変態の開始及び終了を図示した一群の曲線。縦軸に温度、横軸に時間(対数目盛)をとって表す。
備考1.TTT図のこと。
2.オーステナイトの変態率が50%に達する点を補足的な曲線で示す。
3.図中には生成する変態組織の種類及び硬さについての情報も併せて示す。
3213
(3.32)
連続冷却変態曲線
continuous cooling transformation diagram
 任意の冷却関数で連続的に冷却した場合に生じるオーステナイトの変態の開始及び終了を図示した一群の曲線。縦軸に温度、横軸に時間(対数目盛)をとって表す。
備考1.CCT図のこと。
2.変態量が50%に達する温度に相当する点を補足的な曲線で示す。
3.図中には、各々の冷却曲線について、生成する変態組織及び室温まで冷却後の硬さについての情報も併せて示す。
3214 オーステナイトの安定化
stabilization of austenite
 固溶原子の分配などによってオーステナイトが安定化されて、マルテンサイトへの変態が起こりにくくなる現象。
備考このような安定化は焼入れ後の残留オーステナイトの低温焼戻し又は常温での保持などで起こり、常温以下への冷却で残留オーステナイトのマルテンサイトへの変態を抑制又は阻止する。
3215 残留応力
residual stress
 外力又は熱こう配がない状態で、金属内部に残っている応力。
備考熱処理のときに、材料の内外部で、冷却速度の差による熱応力又は変態応力が生じ、これらが組み合わされて、内部に応力が残留する。また、冷間加工、溶接、鋳造などによっても残留応力を生じる。
3216 焼入応力
quenching stress
 焼入れで生じる残留応力。
備考焼入応力には、内外部の冷却の時間的なずれに起因する熱応力と、変態に伴う変態応力とがある。一般に両者が組み合わされて生じる。
3217 焼入変形
quenching distortion
 焼入れによって生じる形状又は寸法の変化。
3218 焼割れ
quenching crack
 焼入れ応力によって生じる割れ。
3219 置割れ
season cracking
 焼入れ又は焼入焼戻しした鉄鋼が放置中に生じる割れ。
 自然割れともいう。
3220 軟点
soft spot
 焼入れで局部的に生じる完全には焼入硬化しない部分。
3221 焼戻硬化
temper hardening
 焼戻しで硬化する現象。
3222
(3.121)
二次硬化
secondary hardening
 焼入硬化後に加えられた一つ以上の焼戻処理によって得られる鉄鋼製品の硬化。
備考この硬化は、残留オーステナイトからの化合物の析出、マルテンサイト又はベイナイトの生成によるもので、焼戻し中の分解又はこの焼戻しで不安定化された後の冷却によって変態したものである。より一般的には、焼戻しの際に生じる合金炭化物の析出によって再び硬化することを指す場合が多い。
3223
(3.143)
焼戻ぜい性
temper brittleness
 特定の温度で灼熱、又はこれらの温度を徐冷するとき、特定の焼入焼戻鋼に影響を及ぼすぜい性。
備考1.500℃前後の焼戻しで生じる一次焼戻ぜい性及び更に高い温度の焼戻し後の徐冷で生じる二次焼戻ぜい性を高温焼戻ぜい性といい、300℃前後の温度に焼戻し多場合に見られる焼戻ぜい性を低温焼戻ぜい性という。
2.このぜい性は、母材金属の衝撃強度についての遷移曲線を高温側へ移動させる。550℃を超える温度へ再加熱し急冷することによって消滅する。
3224 焼戻割れ
tempering crack
 焼入れした鉄鋼を焼戻しする際、急熱、急冷又は組織変化のために生じる割れ。
3225 テンパカラー
temper colour
 焼戻しの際に鉄鋼の表面に現れる酸化膜の色。
3226 時効硬化
age hardening
 急冷又は冷間加工した鉄鋼が時効によって硬化する現象。
3227
(3.110)
析出硬化
precipitation hardening
 過飽和固溶体からの1種以上の化合物の析出による鉄鋼製品の硬化。
3228 復元
reversion
 時効硬化した後に、時効温度よりもやや高い温度に短時間加熱することによって、ほぼ時効前の性質に戻り、軟化する現象。
3301 準安定オーステナイト
metastable austenite
 平衡状態図によって定義される状態とは異なる見掛け上安定な状態にあるオーステナイト。オーステナイトが安定である温度範囲より低い温度で未変態のまま非平衡に存在する過冷却オーステナイトを指す。
3302
(4.45)
残留オーステナイト
retained austenite
 焼入硬化後、常温において残留する未変態オーステナイト。
3303
(4.35)
マルテンサイト
martensite
 元のオーステナイトと同じ化学組成をもつ体心正方晶又は体心立方晶の準安定固溶体(α'又はαMと略記)
備考オーステナイトを急冷した場合に、Ms点以下の温度で拡散を伴わずに変態して生じる。オーステナイトの塑性変形によって生じることもある。
3304 焼戻マルテンサイト
tempered martensite
 マルテンサイトの焼戻組織の総称。狭義には焼戻しの第三段階直前(約250℃)まで焼戻しされたマルテンサイト組織。
3305 トルースタイト
troostite
 マルテンサイトを焼戻ししたときに生じる組織で、光学顕微鏡では識別できないほどの微細なフェライトとセメンタイトからなる組織(焼戻トルースタイト)。又は、焼入の際に600℃以下の温度で生成した微細パーライト組織(焼入トルースタイト)。
備考現在では、あまり用いられない用語である。
3306 ソルバイト
sorbite
 マルテンサイトをやや高い温度に焼戻しして粒状に析出成長したセメンタイトとフェライトの混合組織で、セメンタイト粒子が約400倍の光学顕微鏡下で認められる組織(焼戻トルースタイト)。又は、焼入れの際に600〜650℃以下の温度で生成した微細パーライト組織(焼入ソルバイト)。
備考現在では、あまり用いられない用語である。
3307
(4.8)
ベイナイト
bainite
 パーライトが形成される温度と、マルテンサイトが形成され始める温度との間の温度間隔で起こるオーステナイトの分解によって形成される準安定構成物で、炭素がセメンタイトの形を取って微細に析出しているフェライトからなる。
備考一般に、上記温度間隔の高温で形成される上部ベイナイトと上記の温度間隔の低温で形成される下部ベイナイトを区別する。
3308 過飽和固溶体
supersatureted solid solution
 その温度での平衡溶解度以上に溶質を固溶している固溶体。
備考普通高温からの急冷で得られる。
3309 焼入性曲線
hardenability curve , Jominy curve
 焼入性試験方法(一端焼入方法)で求めた水冷端からの距離と硬さとの関係を示す曲線。
備考ジョミニー曲線ともいう。
3310 U曲線
U curve
 鉄鋼の円板状試料を作り、これを焼入して横断面の硬さの分布を表面からの距離に対して表すときに得られるU字状の曲線。